2006年11月 9日 (木)

学校をめぐる問題

最近、「いじめ」とか「履修不足」とか何かと問題になっている。
ニュースでも、ニュースショーでも、ワイドショーでも、学校の問題が取り上げられない日がないくらい。
学校がいじめを認めない、学校は予備校じゃない・・・いつもそんな論調だ。

でも、オレは思う。
学校がいじめを認めたらどうなるんだ?
いじめを知っていて放置した、と責めるのか?
遺族は損害賠償でも請求するか?そして学校が裁判で負けて、遺族があたかも息子・娘の敵を取ったかのような論調で、まるで「正義」が勝った様な気分になって溜飲を下すのか?

全く下らない。下すのはてめえの品位だとオレは言いたい。
いじめというのは、最初きっかけを作る若干名と、追認するその他大勢で成立するんだ。
そしてその他大勢が作る闇の色をした空気感の下、陰惨な行為が行われてしまうんだ。
それがわかっているなら、なんで学校を責める前に自分達を責めないんだ。
親は自分(の息子・娘)もいじめに加担しているんだとどうして罪悪感が先に立たないんだ。
てめえ達の非を認めないで、どうして簡単に学校に落ち度があるなどと言えるのか。どの面下げて言ってるんだ。
ワイドショーが言うように、「いじめ」が学校にないわけがない、自殺者がここ10年間出ていないわけがない、とかそんな実態をもし知っているのなら、どうしてそのいじめがおこる要因を考えないんだ。
そこにいるのはいじめっ子といじめられっ子だけじゃないはずだ。

人間には社会性があって、グループを作ったり、気に入った子同士集まったり、グループが敵対したり、個人が敵対したりするのが、当たり前だ。
いい大人になれば普通はいじめたりすることがなくなると思うけど、分別のつかない子供は、社会性故に敵対したり味方作ったりしながら、優勢をかさに着て残酷なことをする。それを止めるのは学校と親とその他大人達であって、学校だけではどうにもなるわけがない。
学校を悪者に仕立てたところで、世の中が良くなる訳がない。
もっと考えろとオレは言いたい。

履修不足の問題にしてもそうだ。
履修不足のカリキュラムを作ったのはそりゃ学校なんだけど
「顧客」である生徒達のニーズに応えたのであるとしたらば、それは「顧客」にも問題があるんじゃないのか?
公立だって私立だって、生徒の親は金を払っている。
金を払う以上、それに見合ったサービスを受けなければならない。
高い金払って高校通わせて、ろくでもねえ大学なんかに行くことになったら高校通わせる意味がねえ、だから受験科目以外は教えなくていい、少しでもいい大学にさえ行けばいいんだ・・・そう思ってんじゃないのか?大抵の親は。
どっかのニュースショー番組で、誰かが世界史を学ぶことの重要さを語っていたけど、そんなことより大学受験の勉強の方が大事だと、世間が言うからその学校は世界史を教えるのを止めたんじゃないのか?

いずれにしても、学校を取り巻く環境は、見ていて気の毒にさえ思う。
間違いなく、学校だけが悪いんじゃない。世間が悪いので、それに合わせないと生きていけない学校が悪者になってしまうだけなんだ。
我々が自分の問題だと思わなければ、ぜっっっっっっっったい何も変わらない。
マスコミがいかに学校を叩こうが、総理大臣が教育基本法を変えようが。

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